2011年2月9日水曜日

そろそろ…

whoever is reading my blog, thank u :-)
i'll try updating more often, so keep coming back, pls!




and i guess it's about time to express how i really feel toward what's so called this "yoga"  thing.




というのもですね、ヨガイントラ募集などであちこち伺うと、
たまに厄介な質問をされるわけですw


一番困るのが「貴女は」あ違った「貴男はヨガを通じて何を(クラス参加者に)伝えたいですか?」。





特にはないです、とはっきり言うのも印象悪いかね?と思うのですが、
やっぱり考えても、そんな大層なモンないしー…




誤解を避ける意味で、適当にやってんのかよ?というとそうじゃないです。
楽しく、安全に、ヨガを楽しんで続けてゆく上で、少しでもプラスに働くクラスにできるように、
あれこれ考え、日々試行錯誤してます、ホントに。


でも、「何を伝えたいですか?」って、
「何かを伝える」っていうこの一行に、どれだけの傲慢さが詰まっているのか、質問してくる方達は考えているのかしら?と。


人サマに、「何か」を大上段から振りかぶって伝えるだなんて、そんなこと。
たかだか全米200時間だかなんだかとったり(とってないけど)、
インドに何ヶ月だか何年か行って「修行」をして帰って来たぐらいで(ってインドではしたことないけど)、
そんなかたちのない壮大な「何か」をヨガに関して伝えられるのか?おめーはよ?という、自分への疑問が僕にはいつでもあります。




もちろん、アリだとは思うけれど、例えば少しの間インドに行って、何かを学んで、インドについて語ること。


そこに、微かな違和感を、やっぱり僕は感じてしまいます。


インドに生まれ育って骨を埋める多くの人に、胸を張って、
インドについて、ヨガについて、日本で語っちゃってる自分のこと、
誇れます???




人に何かを伝えるということの責任の重大さを、全て重さを受け止めて、その上で発言できているのか?と。




少なくとも、個人的には、無理です。
そんな重荷、背負えません。まだ。
たかだか36年ぐらいしか生きていないこんな人生の中で、人様にお伝えできるようなことは、まだ無いんですよ。








僕のこのきもちにはもう一つ、祖父母のことがあります。


母方の祖母は90過ぎまで、祖父は103歳まで生きました。


二度の世界大戦と、戦後。
明治、大正、昭和、平成を貫いて、
my grandpa outlived three emperors of japan.


別に、何を成し遂げた人たちではないし、歴史の教科書に名前が載るような人たちでもないです。


けれど、長く生きることのもの凄さを、僕は、目の当たりにさせられました。


死ぬ最後のほうは、二人とも苦しそうな時も多かったし、正直、こんな状態で生き続けることが幸せなのかな?と思うことも、あったり。
それはまた別の話しになるんだけど、
そんな中でも、やっぱり、生命力強いんですよw二人とも。
現代の医学も手伝って、ちょっとやそっとの発作や風邪じゃ、またすぐ治っちゃうんですよね。


100年前の日本を見ていた祖父。
彼の目に、今の世の中はどう映っていたのか、分かる筈も無く。
でも、どんな時代でも、必死に生きて、生き続けようとして、100年以上を生きた人。


僕の祖父だけじゃないです。
70年、80年、90年、100年を生き抜いた、その他の大勢の人たち。
そんな人たちも一緒に生きている今の世の中で、
その世の中で、不自然に切り取られたヨガスタジオ、ヨガクラス。
たかが60分、90分。


一体、まだ30そこそこのお前に、人様に、何を偉そうに語れるんだよ?


そういう、引け目が、僕にはいつでもあります。
多分、無くなることはないでしょう。




だから、僕には、まだ、伝えられることなんて、ないです。


この一行を言うために、その前に書いたこと全部を言わせてくれる面接をするスタジオもフィットネスジムもないのでw
結局、適当に誤摩化して答えるか、
誤解を承知で正直に「ない」と答えるか。




ヨガと関係なくないかって?


そんなことないですよ!!!
ヨガマットの上ですることだけがヨガじゃないですよね。


人としての素晴らしさは、
マットの上で何ができるかなんて、そんなこととは大して関連はないじゃないですか?!




だからこそ、逆に今の僕に残された道は多分、
人間のカラダの動きにより重点をおいた、ボディワークとしての視点から見る、ヨガ。
そこで何をどう感じるかなんて、その人それぞれで違うんだから、僕はもうどうしようもないですよ。
何かを伝えようだなんていう意図を込めるより、参加者の人たち、一人一人に、自由に、思うように、カラダと呼吸を感じてもらえるのなら、
それがもしかしたら、僕がヨガクラスを通じて、感じてもらいたいことなのかもしれないです。




参加者の年齢に限らず、関わらず、僕が同じに伝えられること。
やっぱ、まだそこしかないです。
それだって、まだまだ… 自信ないこと多いですけど(汗)








and now,
i'm planning to try out something new in april!
when i have more details, i'll post the info here.


thanks for reading my blog, ありがとう〜!

2 件のコメント:

  1. How is it that I didn't know you had a blog?
    私がヨガクラスを受けにいく理由を考えてみると、ストレス解消、健康改善またはシェイプアップ。インストラクターに求めることは、ポーズを教えてもらうこと。間違ってたら、修正してくれること。瞑想をガイドしてもらうこと。
    NYだけでも☆の数ほどいるヨガティーチャー。仙人じゃないんだから、トレーニングコースで自分が集中的に習ったことを、生徒さんにpass onするって感覚かなあ。
    インストラクターのライフスタイルにインスパイアされることはあるけど、そのインストラクターはただ普通に生きてる/生活しているだけで、敢えて何かを伝えようとしてるわけではないと思うんだよね。
    ヨガというpracticeを通じて生徒さんが感じるもの、持って帰るものは人それぞれ。ただ共通するのは、自分の体と向き合う時間だってことかなあ。日常生活では意識しない呼吸を意識する。普段は浅い呼吸しかしてないから、もっと深い呼吸をしてみる。体へのいたわりだとかawarenessだとか、その辺かなあ。面接での無難な答えは(笑)

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  2. hey!!! thanks for stopping by!!!

    ですよねですよね〜〜〜
    そうなのよ、イントラのほとんどは山に籠る修行僧(的な人もいるけどさ)じゃぁないし、クラスに参加してくれている人たちも、それほどスピリチュアルな方向性とか、強いメッセージを求めて、って訳ではないと思うんだけどね。
    ただ、楽しくカラダを動かして、キモチが落ち着いて、はースッキリ!
    っていうだけで十分じゃないですか???

    「ヨガという〜」からのくだりのコメント、正に一番の正解かも!!!
    もし次、面接で聞かれたら、使わせてもらいますww

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